転換点を迎えるベトナム ─制度改革と社会構造の変化がもたらす“次の課題”【Vol.21-2026.3掲載】
ベトナム VIN GROUP
主席経済顧問
川島 博之
1. 省市の統合・再編による日系企業への利点・リスク
ベトナムで進む省市再編は、行政組織をよりコンパクトにし、手続きの分かりやすさと効率化を目指す国家的な取り組みです。長期的には行政の透明性が高まり、企業にとって予見しやすい環境につながると期待しています。一方で、目の前の現場では変化のスピードが先行し、実務担当者が追いつけていない様子もあります。窓口の急な変更や、新たな書式の運用に慣れていない担当者による差し戻しが生じるなど、企業側には戸惑いも残っています。こうした「制度が先に走り、現場があとを追う」状況は移行期には避けられないものです。今は変化を前向きに受け止めつつ、行政との丁寧なコミュニケーションを重ねることが求められる時期だといえます。国家の大きな改革が動き出す過程に立ち会っているという意味では、企業にとっても貴重なタイミングだと考えています。
2. 政策の方向性—大きな軸は変わらず、優先順位が静かに動く
政治指導部の再編が続いていますが、経済政策の大枠が揺らいでいるとは感じていません。外資誘致、産業高度化、デジタル化推進、これらは長年積み上げられてきた国家の方向性で、新体制に移行してもこの軸は維持されています。とはいえ、どの政策に“光が当たるか”は時期によって変わります。行政改革やデジタル化が急速に前面へ押し出される一方、産業ごとのきめ細かな優遇策が一時的に息継ぎの期間に入ることもあります。政治的節目に合わせて優先順位が入れ替わる。そのため、「方向は安定しているが、踏み込み方には波がある」と感じています。
企業が意識すべきなのは、この “変わらない軸” と“変わりやすい波” の両方をとらえることです。国家戦略は明確であり、中期的な事業計画の根幹が揺らぐことはありません。その一方で、実務のスピードや重点分野には変動が生じます。ベトナムが改革を進める現在は、まさにその波を読み解く力が求められている時期だといえます。一方で、実務のスピードや重点分野には変動が生じます。ベトナムが改革を進める現在は、まさにその波を読み解く力が求められている時期だといえます。
3. 中所得国のまま高齢化が進むベトナム
行政改革や産業高度化が進む一方で、気になっているのは、ベトナムが「豊かになる前に高齢化が進み始めている」という構造的な問題です。これはベトナムに限らず多くの新興国が直面する課題です。
ベトナムはここまで “若い労働力”を背景に成長してきました。しかし、今後は労働力人口の伸びが緩やかになり、社会全体として高齢化が徐々に進み始めます。これは、社会保障、医療、教育、産業構造―あらゆる分野にとって新しい負荷となり得ます。
特に、行政能力がまだ発展途上にある段階で高齢化が進むと、他国よりも早く制度負担が重くなる可能性があります。産業政策・行政改革・社会保障改革を同時並行で進める必要性を強く感じています。今の制度改革の動きは、単なる “手続きの効率化” ではなく、将来の社会構造を見据えた重要な布石であるはずです。
4. 静かに膨らむ不動産リスク――成長の裏側で進むひずみ
制度改革や産業高度化が進む一方で、成長の裏側で静かに進行している構造的なリスクにも目を向ける必要があります。ここに来て気になっていることがあります。それは不動産バブルです。ハノイやホーチミン市での不動産価格は、とても庶民には手が届かない水準になっています。新規に発売される物件は高価格帯に偏っており、それらは転売目的で一部の富裕層や業者が購入しているとされています。こうした状況では、都市の健全な発展は望めません。中産階級までが投資目的で不動産を買い漁った中国とは異なりますが、ベトナムの不動産バブルも危険な水準に達していると感じています。
かつての日本がそうであったように、不動産バブルの崩壊は金融システムを不安定化させます。中国では、大手デベロッパーである恒大産業や碧桂園の資金繰りが苦しくなると、その影響は金融システムを通して中国全体に波及し、景気は急速に悪化しました。結果として、中国では若者の失業率を発表できないほど景気が悪化する事態に至りました。
ベトナムで不動産バブルに踊っているのは、一部の富裕層と業者に限られており、その崩壊が中国ほど経済に深刻な影響を与える可能性は高くないでしょう。それでも、大手デベロッパーの資金繰り悪化が広く世間に知られるようになれば、ベトナム経済は必ずその影響を受けます。輸出に依存した経済構造であるとはいえ、不動産バブルが崩壊すれば、その影響は必ず経済に現れます。日本企業も、それに対する備えが欠かせない段階に来ているといえます。
5. 制度改革 × 産業高度化 ×社会構造の変化” の影響
こうした制度・産業・人口構造の三方向からの変化を同時に抱える国は、実はそれほど多くありません。ベトナムは今、まさに大きな転換点にあります。制度改革は進んでいるものの運用には揺らぎがある。産業政策は明確だが、重点が入れ替わる。改革を支えるはずの労働力人口は、将来ゆっくりと縮み始める可能性がある。
この複雑な局面において企業が求められるのは、「短期の揺らぎをいかに吸収しつつ、中長期の大きな方向性をどう活かすか」という柔軟な姿勢です。行政とのこまめな情報共有、制度運用の確認、産業政策の読み取り、そして人口構造の変化を踏まえたビジネスモデルの見直し―こうした複眼的なアプローチが欠かせません。
ベトナムは依然として成長ポテンシャルの高い国ですが、その成長を持続させるには、制度改革だけでなく“社会のかたち” に踏み込んだ議論が必要になります。いまはその入口に差し掛かっていると感じています。
6. 在ベトナム日系企業へのメッセージ
変化の速いベトナムでは、制度改革の揺らぎや運用面のずれが表面化しがちです。しかし、その奥にあるのは「国としてどの方向へ向かうのか」という強い意志です。そして同時に、将来的な高齢化という構造的課題が静かに存在しています。
今求められているのは、目の前の変化だけでなく、その背後にある大きな流れを読み解き、制度・産業・社会構造を総合的に理解する視点です。移行期の揺らぎに振り回されることなく、大きな方向性を踏まえ、柔軟に対応できる企業こそが、この国の次の成長に乗り遅れないのではないかと感じています。
政治指導部の再編が続く中でも、産業政策や外資優遇の基本方針に大きな変化はないとみています。外資はこれまでベトナムの成長を支えてきた存在であり、今後もその位置づけは当面変わらないでしょう。ただし、人事異動が続くことで行政の実務体制には揺れが見られます。ベテランの担当者が異動し、新しいスタッフが前線に立つことで、手続きのスピードや判断の一貫性にばらつきが生じる場面があります。制度そのものよりも「執行のリズム」が不安定になりやすい状況といえます。とはいえ、政策の方向性が明確であることは企業にとって大きな安心材料です。短期的な調整局面に注意を払いながらも、中期的な視点で事業を設計していくスタンスが求められる局面だと感じています。
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