時間を味方につける海外戦略 ―ベトナム香料市場で進める現地融合型 M&A【Vol.21-2026.3掲載】

長谷川香料株式会社
代表取締役会長 (CEO)
海野 隆雄

1. 成長市場で「時間を買う」 ための戦略的M&A判断

今回の買収を決断した最大の理由は、海外市場で成長していくためには、時間の使い方そのものを変える必要があると強く実感したからです。当社が1978 年にアメリカで海外事業を開始した際、現地でオフィスを構え、工場を建て、人材を集め、研究体制を整え、顧客を一社一社開拓してきました。その結果、約 40 年かけて事業規模は売上約 4,000 万ドルまで成長しましたが、振り返ると、非常に長い時間を要したというのが正直な感想です。
その経験を踏まえ、 2017年に初めてアメリカで M&A に踏み切りました。既に顧客基盤や研究人材、製造設備を持つ企業を買収することで、ゼロから積み上げる工程を一気に省くことができました。その後も 2020 年、2024年と買収を重ね、アメリカでは合計 3 社を買収しています。その結果、 40年かけて築いた約 4,000万ドル規模の事業が、買収後わずか 7 年で約 1 億ドル規模へと拡大しました。 この経験を通じて、 「買収によって時間を買う」という考え方の重要性を実感しました。一方で、市場環境を見ると、日本のフレーバー市場の成長率は年 1%台にとどまり、香料市場としても北米は約2.5%、欧州・アフリカ・中東でも約 3.1%と緩やかな成長にとどまっています。それに対して、アジアは約 7.7%と高い成長率を示しており、とりわけ東南アジアは今後の伸びしろが最も大きい地域だと考えています。ただし、東南アジアは国ごとに文化や商習慣が大きく異なり、アメリカと同じやり方でゼロから事業を立ち上げれば、再び20 年、 30年という時間がかかってしまう可能性があります。
こうした背景から、成長市場である東南アジアにおいても、すでに事業基盤が確立された現地企業と手を組むことが最善だと判断しました。ホアンアン社は、ベトナム最大手の香料メーカーとして、強固な顧客基盤と優れた人材を有し、当社が目指す方向性とも一致していました。アメリカでの経験を踏まえ、成長のチャンスを確実につかむために、今回の買収を決断しました。

2. 「現地の強み」 と「グ ローバル技術」 を掛け合わせ る統合戦略

今回の統合で重視しているのは、両社の強みを無理に一体化させることではなく、それぞれが持つ価値を最大限に生かし合うことです。香料は、文化や食習慣と密接に結びついた分野であり、現地で育った研究員でなければ再現できない香りが数多く存在します。ホアンアン社は、ベトナム市場を深く理解し、顧客の要望に対する対応スピードや関係性の強さにおいて、非常に優れた力を持っています。
一方で、当社はフレーバーを中心に長年研究開発を重ね、分析技術や処方設計、品質管理といった分野でグローバル水準の技術を蓄積してきました。買収後は、ホアンアン社の研究・営業体制をそのまま維持しながら、日本側が技術や製品、研究ノウハウを提供し、後方から支援します。これにより、飲料、乳製品、即席麺などの分野で、現地ニーズに即しながらも付加価値の高い製品開発が可能になると考えています。

3. 人と組織を尊重した協業体制づくり

買収後の協業において最も重視しているのは、現地チームとの信頼関係です。文化や商習慣が異なる中で、日本側が主導してやり方を大きく変えてしまうと、かえって組織が機能しなくなる恐れがあります。そのため、ホアンアン社の社長を含め、マネジメント層や社員は全員そのまま残り、従来の運営を継続しています。
当社は、技術、人材、資金といった経営資源を提供しながら、現地チームを支える立場に徹します。統合後の PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)については、研究、営業、製造、管理の各部門から役員クラスが参加するプロジェクトチームを編成し、約 1 年をかけて丁寧に進めています。両社とも「顧客の成功があってこそ自社の成長がある」というカスタマーサクセスの考え方を共有しており、この価値観の一致が、スムーズな協業体制を支える大きな基盤となっています。

4. 高成長が続くベトナム市場と食品フレーバーへの期待

ベトナムの加工食品・飲料市場は、今後も高い成長が期待できる市場です。GDP 成長率は年 8%前後とされ、若年層が多い人口構成も追い風となっています。日本では少子高齢化の影響で食品市場の成長が鈍化していますが、ベトナムでは所得水準の向上とともに、よりおいしく、付加価値の高い食品への需要が着実に高まっています。
実際、乳製品や飲料、即席麺などの分野ではフレーバーの多様化が進み、香料の役割は年々重要性を増しています。今後の重点領域は、当社の主力であるフレーバー分野です。日本で培った高度な技術を生かしつつ、現地の嗜好を深く理解したホアンアン社の力と組み合わせることで、ベトナム市場に根差しながら国際競争力を備えた事業へと成長させて
いきたいと考えています。

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